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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)510号 決定 1976年11月25日

抗告人 杉山六郎

相手方 日産デイーゼル道東販売株式会社

主文

原決定を取消す。

本件を釧路地方裁判所に移送する。

理由

第一抗告の趣旨

一  原決定を取消す。

二  相手方の本件移送申立てを却下する。

第二抗告の理由

一  抗告人は相手方から本件管轄の合意の条項が記載されている自動車割賦販売契約書を交付されておらず、また契約に際し右条項について何らの説明も受けていないから、本件において管轄の合意は存在しないものというべきである。

二  仮に、右合意があつたものと認められるとしても、管轄の合意は起訴の便宜のためになされるものであつて、特段の事情の認められない限り右合意による管轄は法定管轄を排除するものではなく、これと競合するものと解すべきであり、抗告人が損害賠償請求等の訴を提起しようとする本件にあつては義務履行地として法定管轄のある水戸地方裁判所にも管轄を認めてしかるべきである。

三  抗告人の本訴請求は売買契約解消後の事後処理に関するものであつて契約そのものに関する請求ではないから、前記条項の「契約に関する争い」なる文言に該当しない。特に、本訴請求中原決定添付の別紙「損害の内訳」中(一)<ホ>、<ヘ>の不当利得返還請求は、抗告人が別途本件自動車に備え付けた備品を相手方が持ち去つたことに基づくものであつて本件売買契約と全く関係のない請求であり、右請求の管轄は義務履行地の水戸地方裁判所に存し、したがつてその余の請求については民事訴訟法二一条の併合管轄の規定により同裁判所にも管轄が生ずると解すべきである。

四  以上の主張が認められないとしても、本件管轄の合意は相手方の如き大企業に大きな利益をもたらす反面経済的弱者たる抗告人の利益を著しく害し、公平の理念に反するものであり、信義則、公序良俗に反するものとして無効である。

五  また、本件訴訟の審理に必要な損害発生等に関する証人等は茨城県西茨城郡岩間町に居住しており、審理の便は水戸地方裁判所にあるから、同裁判所に管轄を認めるべきである。

第三当裁判所の判断

一  抗告理由一について

原審における抗告人の供述によれば、抗告人は契約締結の際、本件自動車割賦販売契約書の管轄に関する条項について特段の説明を受けておらず、右条項を具体的に認識してはいなかつたものと認められるが、一方、原審における証人小枝龍三郎及び抗告人の供述並びにこれらによつて成立の認められる右契約書によれば、抗告人は契約締結に当たり右契約書に自ら署名捺印し、その正本一通の交付を受けており、契約の前後を通じて右管轄の定めについて特にこれを排除する旨の意思表示をしたことはなかつたものと認められるから、他に特段の事情の認められない本件においては、抗告人は右条項に従つて管轄についての合意をなしたものと認めるべきである。

よつて抗告理由一は採用できないことが明らかである。

二  抗告理由二について

前記契約書によれば、本件合意管轄の条項には「契約に関する争いについては乙(抗告人)が自動車を購入した甲(相手方)の本店、支店、営業所の所在地を管轄する管轄裁判所とすることに合意します。」とあつて、右文言自体からは必ずしも他の裁判所の管轄を一切排除する趣旨が明示されているとは断言できないが、競合する法定管轄裁判所のうちのあるものを特定するような合意は特段の事情のない限り右裁判所を専属的に管轄裁判所と定める趣旨であると解すべきところ、抗告人と相手方間の本件売買契約に関する争訟については、抗告人が本件自動車を購入した相手方の本店、支店、営業所所在地の裁判所が法定管轄(なお、抗告人の住所地に法定管轄を認めえないことは後記四において判示するとおりである。)の認められる裁判所の一つであることは明らかであるから、特段の事情の存在も認められない本件において、右条項は右の裁判所に専属的に管轄を定めたものと解すべきである。しかして前記契約書及び原審証人小枝龍三郎の供述によれば、抗告人が本件自動車を購入したのは北海道北見市内に所在する相手方の北見支店からであることが認められるところ、一般に管轄とは官署としての裁判所間の権限分掌の関係をいい、地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則等官署としての裁判所内部における事務分配の定めによる本庁、各支部間の事務分掌の関係をまで意味するものではなく、管轄の合意によつて定められる裁判所も官署としての裁判所であると解すべきであるから、右条項によつて相手方の北見支店を管轄する裁判所として釧路地方裁判所が専属的に管轄権を有するものと定められているといわなければならない。管轄の合意は起訴の便宜を図ると同時にこれによつて応訴の便宜を図るという面も有することは明らかであり、相手方が抗告人の提起する訴に応訴する本件のような場合においても、右合意管轄の条項を専属的に管轄を定めたものとして援用することを不当ということのできないことはもちろんである。

三  抗告理由三、四について

当裁判所は、原決定がその理由三、(三)において前記契約書の義務履行地に関する約定について説くところと同一の理由により、本件合意管轄の条項は本訴請求についても適用があり、また右条項をもつて信義則、公序良俗に反するものとして無効と解すべきいわれはないと判断する。よつて、抗告理由三、四はいずれも採用できない。

四  抗告理由五について

以上から明らかなとおり抗告人の本訴請求については釧路地方裁判所に専属的に管轄が存するものというべきところ、仮に、専属的管轄の合意があるため本来は法定管轄のある裁判所に管轄権がないとされる場合について、民事訴訟法三一条の趣旨を類推して著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認められる特段の事情があるときは右法定管轄のある裁判所において審理裁判することができるものと解する余地があるとしても、本件においては、審理に必要な証拠が抗告人の住所地のみに集中しているものとは認められないのみならず、そもそも本訴請求にかかる義務の履行地が相手方の本店、支店又は営業所と定められていることは右に引用した原決定の判示するとおりであつて、抗告人の住所地に法定管轄を認めうべき根拠は見出しえないのであるから、抗告理由五も採用できない。

五  以上の次第であつて、その他記録を精査しても相手方の移送申立てを却下すべき事由は認めることができないが、抗告人の本訴請求については釧路地方裁判所に合意による専属的な管轄があると解すべきことは先に説示したとおりであり、同裁判所において本庁又は各支部のいずれにおいて本件を処理するかは裁判所の内部的な事務分配の定めによつて決せられるものというべきである。そして、地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則によれば、釧路地方裁判所北見支部が本件訴訟を担当することとなる。しかるに、これと異なり相手方の本店が帯広市にあることを理由に釧路地方裁判所帯広支部に専属的な管轄があるものとして、本件を同支部に移送すべきものとした原決定は管轄裁判所内の特定の部を指定した点において不当であるからこれを取消し、本件を釧路地方裁判所に移送することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 室伏壮一郎 横山長 河本誠之)

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